プロフィール

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ワーホリに興味をもっている皆様はじめまして!

まさあきと申します!

プリフィールでは、なぜ私が英語と海外に興味を持ち、ワーホリするまでになったのか。

ワーホリした後のことから、現在の働き方、ブログを運営している理由について紹介していきますので、気になる方は最後まで読み進めてみてください。

思考停止で高校に入学し英語に興味をもつ

昔から親に「とにかく高校へ行きなさい!大学にも入って、いい会社で就職しなさい」と言われ続けてきました。
しかし、「いい高校?大学?どういう会社がいい会社なのか・・・??」まったくわからず、とりあえず適当に公立高校に入学。しかし、入学した高校は手先が不器用な自分が行くところではない工業高校だったのです・・

工業高校なので作品を作るのですが、クラスメイトにも先生にも「本当に不器用」とか「何ができるんだあいつ・・」や、ある生徒からは「あんまり言うな・・可哀想だで・・」と同情されてましたね。

たまに居残りさせられて先生から怒られながら、頭をパシッと叩かれ泣きそうになって(実際泣いた)課題をこなす冴えない高校生活で、適当に入ったことを後悔しました。

当然成績は下の方。

5ランク中「2」がたくさん並ぶ通信簿を見て私も親も唖然・・・

「あんたは本当にできない子だねぇ〜〜」と親も思ったことでしょう。

しかし、1個だけ「4」がついた教科がありました。

その教科は英語。

やったことは提出物を出すことと、「丸暗記」で覚えたテストで70点とっただけです。

でも、すっごい嬉しかったですね!

これがきっかけで英語に興味を持ちます。

親戚からニューヨークに留学した話を聞いて海外に関心を抱く

正月休みのある日、親戚が実家に訪れました。親戚は女性で当時30歳になる「ありの」さんという名です。ありのさんは3年ほどアメリカのニューヨークに留学した経験があり、留学生活を具体的に話してくれました。

  • 留学先の学校の様子
  • ホームステイ先のホストファミリーの話
  • 仕事を定時で済ませて、残りは家族と過ごすアメリカ人
  • 考え方がポジティブで気さくな人が多い

当時、この話を聞いた私はすべてが新鮮で、「おお〜すごい!」「そんなこともあるんだ、日本と違うね!」とか「それで、どうなったの?」と繰り返し聞いていました。

もう興味津々でしたね。

この話がきっかけで「いつか海外行ってみたいなぁ〜」と強く思いはじめます。

でも、英語や海外生活に興味はあるけど、どうやったら行けるんだろう・・何をやればいいんだ・・・???と気になるもののハードルが高いと感じていました。

同じ年にハワイへ短期留学する

ありのさんの留学体験の話を聞いた同じ年に、専門学校に入学。

入学した学校は、パソコン関連を学ぶ学校だったのですが、人生を大きく左右する出来事が発生します。

なんと!「夏休みの間だけ、ハワイへ3週間の短期留学をしてみませんか」というその学校独自のイベントがあったのです!

イベントの内容は

  • ハワイ大学で3週間の英語学習
  • 3週間分の滞在費と航空券、食事付きで30万円(税込)

これはチャンス!と思い、すぐに申し込みます!

初めての海外生活を体験できる嬉しさでワクワクしながら、翌日にパスポートを申請し、出発日を待ちます。

ハワイってどんなところだろう。英語も話せるようになるのか。ついていけるのか‥。など不安もありましたが、授業は毎日が刺激の連続です。

なぜなら授業内容は座学ではなく、実際にハワイ大学の生徒と英語を使って会話したり、ダンスしたり、街に出て知らない人にインタビューしたりするなど日本では考えられない授業内容だったからです。

ハワイ大学の学生とピクニックしたり、買い物に出かけたりと盛んに交流できましたし、本充実した3週間を過ごしました!

帰国前は涙が出るほど寂しくなり、夏休み中は追加料金を支払ってでもハワイに居たいと先生に話して、パスポートを売ってしまおうと本気で思ったほどでした。

このときの授業の体験がきっかけで、ますます「英語」と「海外生活」について興味を抱くようになるのです。

友達や先生に会いに一人でハワイへ行くが後悔する

ハワイの短期留学からおよそ1年後に「先生や友達に会いに行こう」と思い立ち、ハワイへ行きました。

英語も日本で勉強していたし、先生や友達とも英語でメールをやりとりしていたから大丈夫だろうと思い、自信があったのです。

ですが、甘かったです・・

ハワイに入国後から話す勇気が出ない(間違ったらどうしよう・・・恥ずかしい・・怖い・・・正しく話さないと嫌われるのではないか)という気持ちで押しつぶされてしまい、全く楽しめませんでした。

そんな気持ちをわかってなのか、先生や友達も気を遣ってくれ、積極的に日本語で話しかけてくれます。

2回目のハワイは日本人の友達なんて一人もいないし、英語を話すの怖いし、もう帰国したい・・・と思いましたね。

悔しくて一人で海を見ながら、もっと英語を勉強しておけば良かったと後悔します。

この時にもっと「まちがってもいいから英語を話す」というマインドがなかったことが1番の失敗要因です。

誰も私の英語の上手さなんて気にしていないはずなのに。

就職するが逃げるようにオーストラリアへワーホリする

2回目のハワイへ行ったあと就職する会社が決まりました。

しかし、結果として入社した会社は上司や先輩にメンタルをズタボロにされ、2年で退職。

すっかり働く自信を無くしていた私は、再就職する気もなく、このまま海外に長期間滞在してやろうと思い、オーストラリアへワーホリすることを決意します。

オーストラリアを選んだ理由は

  • 暖かい
  • 英語圏
  • オージーが気さく
  • 世界一住みやすいと言われた街「メルボルン」や「パース」がある
  • ジブリのモデルになった街や建物がある

このような理由で選びました。

行く場所が決まったので、すぐに留学エージェントに相談しに行きます。

ワーホリ中にやったこと

ワーホリするなら何か目標があった方が充実できると思い、3つ考えていました。

  1. 英語を上達させる(目標はUpper Intemediate(中上級)まで
  2. 現地の友達を作る(最低3人)
  3. オーストラリア大陸を一周する

ワーホリ中は立てた目標を常に意識して行動しました。

1.英語を上達させる(目標はUpper Intemediate(中上級)まで

海外で生活するのに絶対に欠かせないのが英語の上達です。いや、英語ではなく「英会話」を伸ばしたかったのです。

TOEICを受けようかなと思いましたが、スピーキングを重視していない傾向があるため、役に立たないと判断しました。

むしろ、これからオーストラリアで生活するには英会話が必須だと感じます。

そこでやったことは語学学校に通うことと、ランゲージエクスチェンジの2つです。

学校は、「English Only」を徹底的に実施している学校を選びました。

選んだ学校は、学校内だけでなく1キロほど離れたところでも英語のみ使える学校です。

次にランゲージエクスチェンジ。

ランゲージエクスチェンジは、日本語を教える代わりに英語を教えてね。という、いわば言語交換のようなものです。

これをやることにより、外国人の友達も増えて現地の生活も楽しめますし、英語力もドンドン上がっていくのでおすすめの英語学習です。

ランゲージエクスチェンジのおかけで、1年で目標としていた「Upper Intemediate(中上級)」まで英語レベルを伸ばせました。

2.現地の友達を作る(最低3人)

現地の友達は、アプリやランゲージエクスチェンジ、仕事先、シェアハウスなどで見つけることができます。

これ、かなり重要でして、現地の友達ができればワーホリ中の仕事も見つけやすくなるメリットがあるのです。

求人では募集していない仕事も、友達の紹介で簡単に見つかります。

例えば、日本食レストランやファーム(農場)で人が足りていないから来てくれるか?などと声をかけられて仕事が見つかるパターンです。

目標がなければ、ぜひとも現地の友達を作ることを目標にしてください!

3.オーストラリア大陸を一周する

旅が好きな私は、ワーホリ中に絶対にオーストラリア大陸を一周する!という強い目的があり、結果、すべての州を回ることができました。

ときにはバスで16時間、電車の中で2泊3日を過ごす・・なんてこともありましたね。

せっかくオーストラリアに来ているのだから、全部を廻って楽しんでみたい!と、いつもワクワクしていました!

魔女の宅急便のパン屋のモデルになったタスマニア島の街「ロス」へ行ったり、オーストラリアの北の街、ダーウィンにある「カカドゥ国立公園」を訪れて、自然のワニやカバを目の前で見られたのはかけがえのない思い出として残っています。

ワーホリ帰国後はアルバイトをしながら外国人の友達を作る

ワーホリから帰ったあとは、正社員で働きたくない!と思い、アルバイトを選びました。

帰国後は毎日「日本でも外国人の友達作れないかな」と思っていましたね。

そのほうが英語スクールに通うよりも効率的に英語を話せるからです。

調べると、どうやら国際交流センターに行けば外国人の友達を作りやすいとの情報をゲットします。

そこで早速行動。

やったことは、「ランゲージエクスチェンジ」です。日本語を教える代わりに英語を教えてね、というあれです。

A4の用紙に外国人の友達を募集している内容を英語で書き、国際交流センターの掲示板に貼らせてもらいました。

3日〜1週間後にはアメリカ、オーストラリア、ニュージーランド、バングラデッシュなどさまざまな国の人から連絡があり、直接会って話をするうちに意気投合して友達になれました。(10年以上も関係が続いている友人もいます)

ワーホリがためになったと思った瞬間でしたね。

観光ビザを使いもう一度オーストラリアへ行く

アルバイトを辞めて、オーストラリアのメルボルンにもう一度行ってみたいと思い、再びオーストラリアへ。

観光ビザでしたが、語学学校に通ったり、教会のフリースクールに通ったり、韓国人とシェアハウスで生活したりして英語学習・友達作りをしました。

友達を作るにはやはり語学学校とランゲージエクスチェンジが最も効果的です。

当時、メルボルンの「モナッシュ大学」の生徒が日本語を勉強しているからとの情報を聞き、さっそく行動。

「ランゲージエクスチェンジ募集」をA4の用紙に書いてパートナーからの連絡を待ちました。

3日ほどで連絡があったのですが相手はなんと女性!

私は男なのでなぜ??と思っていたら「名前を見て女性だと思った」とのこと(笑)

「ちゃんと名前を確かめろよ〜」と思いましたが、彼女とは10年以上も友人関係を続け、今でも連絡を取り合っています。

オーストラリアは観光ビザでも3ヶ月過ごせますので、オージー3人、韓国人4人の友達が増え、濃い時間を過ごせました。

帰国後の就職

オーストラリアで生活しているうちに英語を話す仕事をしてみたいと思うようになります。

就職先に選んだのは外資系のホテル。

わりとスムーズに決まりました。

たぶん、ワーホリ中に遊んできたわけじゃないことや、日本でも引き続き外国人の友達を作って英語を学習している姿勢が評価されたのではないかと思います。

外資系のホテルで2年、その後リゾートホテルに6年勤務。

仕事内容は主にフロントマンやベルボーイ、レストランの応援などが中心でした。

その後、某大手スーパーのミッドナイトマネージャー(夜勤専属の責任者)を6年やり、副業でWebライターを開始し少しずつ稼ぎ始めます。

現在はフリーランスのWebライターとして活動【ブログも構築】

もっと自由に場所を選ばずに働きたい。

人間関係に疲弊することなく、心身ともに健康に過ごしてお金を稼ぎたいと思い、2022年5月〜フリーランスのWebライターとして活動することを決意します。

マネージャーとしての経験もあったおかげで海外企業と契約を結び、日本語で記事を書きつつ外貨のユーロ€を獲得したり、英語でのやりとりも可能になりました。

すべてはワーホリを経験したことによりキャリアアップにつながっています。

執筆したジャンルは多岐に渡り、これまで100記事以上を納品。

ワーホリブログを作ろうと思ったきっかけは、テレビのニュースでワーホリしている人が炊き出しに並んでいるところを見て「これはいかん!」と強く思ったからです。

ワーホリは出稼ぎビザではありませんし、ワーホリの意味を間違えて捉えて後悔している人が多いのではないかと。

ワーホリはきちんと目標をもって生活すれば、キャリアチェンジにも役立つビザなのです!

ブログを通じて、これからワーホリする人が充実した海外生活を送れれば、最高です!

私も精一杯読者様に価値提供していきますので、何卒よろしくお願いします!